北欧・バルト三国で活躍する日本人研究者の紹介

スオミ文美 Suomi Fumi

ヘルシンキ大学医学部 研究員


2015年からフィンランドのヘルシンキ大学医学部で、研究に取り組んでいるスオミ文美さんをご紹介します。


現在、フィンランドではどんな研究をされていますか?

私はミトコンドリアという細胞内でエネルギー生成の役割を担っているオルガネラの研究をしています。ミトコンドリアの役割は他にもストレス反応など幅広く知られており、ミトコンドリアを構成するたんぱく質の情報をコードする遺伝子の変異は、神経変性疾患を始めとした数々の病気の原因として報告されています。興味深いことに、ミトコンドリア病の人の細胞のミトコンドリアを顕微鏡で観察すると、その形が変形していることが多々あります。ミトコンドリアはダイナミックに形を変えて、その機能を環境に応じて調節するのです。私は、病気やストレスなどで損傷したミトコンドリアが、生体内においてどのように認識され、排除されるのかを研究しています。
現在の研究モデルはこのミトコンドリアのターンオーバーを、蛍光タンパクを用いることによって可視化したもので、これによってミトコンドリアのホメオスタシスを生体内でも観察することに成功しました。


現在の研究分野に興味を持ったきっかけを教えてください。

博士課程でミトコンドリア内の脂肪酸生成経路を研究する過程で、私はミトコンドリアの形が環境に応じてダイナミックに変わるという現象に魅了されました。変異のある細胞で形が変わるだけでなく、健康な人の体内でも、組織によってミトコンドリアに求められる機能は違うため、例えば常に活動している心臓の筋肉のミトコンドリアは細胞を埋め尽くすほどに密集しています。ミトコンドリアはどうやって細胞内での需要やストレスを感知するのか?ミトコンドリアを覆う膜はどのようにしてその形を変えるのか?ミトコンドリアの損傷はどのように識別されるのか?ミトコンドリア研究は、様々な病気の治療法開発の礎となる知見を得られるだけでなく、基礎生物学的にも意味があるものです。


現在の所属機関を選択した理由は何ですか?

博士課程在籍中に、ヘルシンキ大学のSuomalainen先生の講義を聴講し、ミトコンドリア病研究へのアプローチに感銘を受けました。ヘルシンキ大学は医学部と生物工学研究所において、現在政府からの基盤研究費を得て4チームが最先端のミトコンドリア研究を行っています(FinMIT)。私は2018年からMcWilliams研究室で、特に神経におけるミトコンドリアのホメオスタシスの研究を始めました。最先端の研究設備と、強力なコラボレーションが叶うヘルシンキ大学は、ミトコンドリアック(慢性的、情熱的にミトコンドリアに興味を示す生化学者のこと/オックスフォード辞書による)にとっては理想的な研究環境です。


研究を行う上での一番の課題を教えてください。

生化学研究を行うに当たって、研究対象も手法も多岐にわたります。競争の激しい研究分野においては、研究構想を練り、限られた時間の中で効果的に結果を出すことが求められます。仮説を立て、それを証明するために実験をしますが、多くの場合、想定していた結果とは違う答えが得られます。新しい実験結果を基にして新しく仮説を立て直し、それをサポートするための実験をするという過程が楽しくもあり挑戦でもあります。


日本と比べて、フィンランドの研究環境について、どのような印象をお持ちですか?

日本と比べて男女平等の概念が浸透しており、社会的サポートも整っているので女性の研究者としては働きやすい環境です。現在私はWILS/ Women In Life Science in Helsinkiで女性研究者のためのネットワークの場を作る活動をオーガナイズしています。フィンランドがどのように男女平等を推進してきたのか、日本でも女性研究者の環境をよりよくするためにはどうアプローチすれば良いのか、という点に興味を持って、フィンランドに限らず世界の女性研究者と会って話をする場を設けています。


最後に、これからフィンランドで研究を始めようと考えている研究者にメッセージをお願いします。

フィンランドに限らず、外国に行ってそこで暮らすというのは新しい文化に触れる良い機会です。新しい価値観に触れるという体験は、今後の研究生活にも役立つものです。大学に限らず、ヘルシンキは外国人の割合が高いので、フィンランド語が流暢でなくとも英語で生活できます。フィンランドの冬は寒いと思われる方が多いでしょうが、家の中は日本よりも暖かく過ごしやすく、私は寒い冬の日本への帰国は避けているくらいです。フィンランドにあるのは、美しい白い雪景色と、ムーミンの話に出てくるような、静かだけれど愉快な人々に囲まれての暮らしです。


(2019年11月)
略歴

2000年 関西大学工学部生物工学科卒業

2002年 京都大学大学院農学研究科博士前期課程修了

2012年 オウル大学大学院生化学研究科博士後期課程修了 博士(生化学)号取得

2012-2013年 オウル大学生化学部研究員

2013-2015年 オウル大学医学部研究員

2015-2018年 ヘルシンキ大学医学部研究員(分子神経科学研究プログラム)

2018年- ヘルシンキ大学医学部研究員(幹細胞/メタボリズム研究プログラム)