北欧・バルト三国で活躍する日本人研究者の紹介

堀岡 希衣 Horioka Kie

カロリンスカ研究所法医学研究室 ポスドク研究員


JSPS若手研究者海外挑戦プログラムを通じて、2020年2月から9月まで、カロリンスカ研究所でポスドク研究員としてスウェーデンに滞在している堀岡希衣さんにお話を伺いました。


スウェーデンではどのような研究をされていますか?

人が出血した時にそれを止める機能の一端を担う血小板は、低温に晒されることで活性化することが知られています。この現象を基に、低体温症の生体内における血小板活性化について解析してきました。スウェーデンでは、低体温症の最悪の転帰である『凍死体』の検体を用いて、低体温時の血小板活性化のメカニズムを解明する研究に従事しています。


なぜ法医学に興味を持ったのでしょうか?

法医学では、ご遺体について生きている人と同様に様々な検査を行います。語ることのできない死者の最期を知るためにも、検査から得られる情報は死因診断に大変重要です。元々臨床検査技師であった私は、『なぜ亡くなられたのか?という問いを、検査の視点から紐解く』ことに興味を覚え、法医学の道へ進みました。


JSPS若手研究者海外挑戦プログラムに応募したきっかけを教えて下さい。

JSPS若手研究者海外挑戦プログラムは2017年度から開始された新しい留学助成金制度です。私は博士課程修了後の留学助成金について調べている中で、初めてこのプログラムを知りました。博士課程に在籍しながら海外の施設に留学できる点、採択率が比較的高い点など、海外留学の最初の一歩を踏み出すのに最適なプログラムだと思い、応募しました。


現在の所属機関を選択した理由は何ですか?

4年前、トロントで開催された国際法医学会でフィンランドの法医学者と知り合い、北欧における法医学研究のレベルの高さと充実ぶりに触れた私は、翌年フィンランドで開催された北欧法医学会議にも参加しました。その際には、フィンランドの法医学者に連絡をとり、お願いして法医学施設の見学をさせていただきました。同時に、ヘルシンキ大学法医学分野の研究者の方々も紹介していただいたのですが、様々な交流をする中で北欧での法医学研究、すなわち“北欧の然るべき施設への留学”について具体的に考え始めていました。そして、実は、この会議で凍死の診断マーカーについて発表していたのがカロリンスカ研究所法医学分野でした。私の研究テーマにも共通する内容でもあり、「スウェーデンも寒い国だし、凍死研究のニーズがあるかも!」と考えていたところ、奇遇にもその会議でスウェーデンの法医学施設で働く日本人の方に出会い、カロリンスカ研究所との繋がりを作っていただきました。


日本と比べて、スウェーデンの研究環境について、どのような印象をおもちですか?

日本では異状死体(自宅や屋外で亡くなられた方)の解剖率が約12%と先進国の中では最低のレベルです。また、各都道府県の大学法医学教室単位での解剖・研究が行われているため、目的の検体収集が難しい状況にあります。一方、スウェーデンは異状死体解剖率90%以上を維持しており、世界的にも法医学先進国と言えます。また、国家機関として法医学省が設置され、大学の法医学教室と情報を共有していることから、データやサンプルの入手が大変スムーズです。このように、スウェーデンの法医学を取り巻く環境は日本と大きく異なり、研究する上で非常に効率的かつ実用的な素晴らしいシステムを構築していると思います。


研究を行う上での一番の課題を教えて下さい。

2020年2月から始まった私のスウェーデン留学は、コロナパンデミックを無くして語れません。こちらに来て間もなく欧州で感染の拡大が起こり、多くの国々がロックダウンを決める中、スウェーデンはロックダウンを行いませんでした。そのため、研究所が閉鎖されることはなく、実験は順調に続けることができましたが、一方で、感染者と死者の数は増え続け、ラボの職員もコロナに感染したりと、まさに未知の恐怖と隣り合わせの毎日でした。通常、海外で研究活動をする上で様々な課題があるかと思いますが、今回ばかりは、コロナに感染せず健康に過ごすことが最大の課題でした。


最後に、これからスウェーデンで研究を始めようと考えている研究者にメッセージをお願いします。

私にとって今回の留学は、他には代えがたい大変貴重な経験になりました。特に、博士課程の学生が海外の機関で研究することは、単に成果を生み出す目的だけではなく、これからの研究生活をどのように過ごすべきかについて考える、絶好の機会となることに間違いありません。また、元々北欧好きな私ですが、この留学でスウェーデンのことがもっと好きになりました!美しい街並みを見ながら、美味しいコーヒーとシナモンロールでフィーカすると、研究の悩みも疲れも不思議と溶けていきます。これからスウェーデンで研究を始める皆さんが、充実したスウェーデン生活を送れることを願っています。


(2020年8月)

略歴

2012年 北海道大学医学部 保健学科 検査技術科学専攻卒業

2015年 北海道大学医学部保健科学院生体情報科学 修士課程修了

2020年 旭川医科大学 大学院医科学系研究科 博士課程修了

2020年 カロリンスカ研究所法医学研究室 ポスドク研究員